おみやげ♪
主人の(お能の)お弟子さんが
イギリスに行かれました。
ついでに…ということで、
他にも色々廻られたそうです。
で…、
「奥さまにおみやげが…。」
奥さま…って、私のことです(笑)。
頂いたのはこちら↓
えっ、えっ…?
これは、ショパンの…
マジョルカ島の…
マジョルカ島とは、
フランスの南にあって、
スペインの領土になっている島…。
フランス南端の港マルセイユから
船で行くそうですが、
ここに、ショパンは28歳の頃、
恋人のジョルジュ・サンドと
サンドの子供たち
(長男モーリスと長女ソランジュ)と一緒に渡り、
1年弱の間、暮らしました。
目的は、
その当時、すでに
パリで二人の関係は噂になっていたので、
その噂から逃げるため、
と、もう1つは、
ショパンの健康のため。
ショパンは、皆さんよくご存知、
肺結核を患っていました。
パリは寒く、空気も悪かったのに比べ、
マジョルカ島は暖かく、
地中海に囲まれて空気もきれい。
ジョルジュ・サンドは色々調べあげ、
マジョルカ島の気候の良さを知って、
ここに行くことに決めます。
行った最初の頃は良かった…。
サンドが調べたとおり暖かく、
住まいの庭や周囲には果実がたくさん生り、
南国の明るさに、
ショパンの心は穏やかに明るくなり、
ひいては、健康も少しずつ
取り戻していきました。
よほど気分が良かったのか…、
この頃、友人に宛てた手紙の中で、
ショパンは、サンドとのことを
ノロケるように書いています。
でも、その後、雨季がやって来ました。
例年なら、年に30日も
雨は降るか降らないか…
という土地らしいのに、
その年に限って長雨が続き、
湿気が多くなり、気温も下がり、
島に着いた頃の
温暖な気候は嘘のようで、
サンドもとんだ計算違いをしてしまい、
ショパンはあれよあれよという間に
体調を崩していき、
寝込む日が多くなりました。
因みに、ショパンはパリに居た頃、
プレイエルというメーカーの
ピアノを気に入り、
他にも大手メーカーのピアノとして
エラールという会社もありましたが、
ショパンは、
調子の悪い時にはエラールを弾き、
調子の良い時にはプレイエルを弾いた…
と言われています…。
サンドは、ショパンのために、
パリからプレイエルをマジョルカ島に
運んでもらうよう手配し、
税金などの都合で
ずいぶん時間はかかりましたが、
ようやくプレイエルが
マジョルカ島のショパンのもとに届きました。
それが、この絵ハガキにあるピアノです。
このピアノが届いて、
暫しの間、ショパンは少しばかりの元気を
取り戻します。
でも、雨は例年に反して何日も続きます…。
ある日、サンドは子供たちを連れて
買い出しに出かけます。
途中で、雨はどんどん酷くなり、
馬車は動かなくなり
足止めを食わされました。
一人…、家に残って気を揉むショパン…。
病の苦しさも相俟って、
次第に鬱状態のようになり
妄想に捕らわれ、狂乱します…。
執拗な雨の音…、
暗く不安な誰もいない部屋…、
そこでショパンはピアノを弾き、
その時、生まれた曲が
『雨だれの曲』と呼ばれている曲だと
いいます。
**********
そんなふうにして、
ショパンを元気づけ、
ショパンの心の叫びを音楽として生み出し、
ショパンと共に居たプレイエルピアノのある
マジョルカ島の絵ハガキ…。
そのお弟子さんは、この絵ハガキを、
船に乗ってマジョルカ島に実際に行かれて、
そして、是非私に…と買ってきて下さった…。
こんなに嬉しいおみやげはありません!
私のお弟子さんでもないのに、
有り難いことです!
私もチャンスがあったら、
是非、マジョルカ島に行ってみたいです…!
因みに、
あと…、パリにある
ショパンのお墓にも是非行きたいです。
あ、それから、
パリの、ショパンが暮らした家にも
行ってみたい…。
それと…、
ポーランドのジェラゾヴァヴォラ村の
ショパンの生まれた家と…。
あ、あと…、
ポーランドの、ショパンの心臓が
安置されている
聖十字架教会と………
ああん、
キリがない!!
イギリスに行かれました。
ついでに…ということで、
他にも色々廻られたそうです。
で…、
「奥さまにおみやげが…。」
奥さま…って、私のことです(笑)。
頂いたのはこちら↓
えっ、えっ…?
これは、ショパンの…
マジョルカ島の…
マジョルカ島とは、
フランスの南にあって、
スペインの領土になっている島…。
フランス南端の港マルセイユから
船で行くそうですが、
ここに、ショパンは28歳の頃、
恋人のジョルジュ・サンドと
サンドの子供たち
(長男モーリスと長女ソランジュ)と一緒に渡り、
1年弱の間、暮らしました。
目的は、
その当時、すでに
パリで二人の関係は噂になっていたので、
その噂から逃げるため、
と、もう1つは、
ショパンの健康のため。
ショパンは、皆さんよくご存知、
肺結核を患っていました。
パリは寒く、空気も悪かったのに比べ、
マジョルカ島は暖かく、
地中海に囲まれて空気もきれい。
ジョルジュ・サンドは色々調べあげ、
マジョルカ島の気候の良さを知って、
ここに行くことに決めます。
行った最初の頃は良かった…。
サンドが調べたとおり暖かく、
住まいの庭や周囲には果実がたくさん生り、
南国の明るさに、
ショパンの心は穏やかに明るくなり、
ひいては、健康も少しずつ
取り戻していきました。
よほど気分が良かったのか…、
この頃、友人に宛てた手紙の中で、
ショパンは、サンドとのことを
ノロケるように書いています。
でも、その後、雨季がやって来ました。
例年なら、年に30日も
雨は降るか降らないか…
という土地らしいのに、
その年に限って長雨が続き、
湿気が多くなり、気温も下がり、
島に着いた頃の
温暖な気候は嘘のようで、
サンドもとんだ計算違いをしてしまい、
ショパンはあれよあれよという間に
体調を崩していき、
寝込む日が多くなりました。
因みに、ショパンはパリに居た頃、
プレイエルというメーカーの
ピアノを気に入り、
他にも大手メーカーのピアノとして
エラールという会社もありましたが、
ショパンは、
調子の悪い時にはエラールを弾き、
調子の良い時にはプレイエルを弾いた…
と言われています…。
サンドは、ショパンのために、
パリからプレイエルをマジョルカ島に
運んでもらうよう手配し、
税金などの都合で
ずいぶん時間はかかりましたが、
ようやくプレイエルが
マジョルカ島のショパンのもとに届きました。
それが、この絵ハガキにあるピアノです。
このピアノが届いて、
暫しの間、ショパンは少しばかりの元気を
取り戻します。
でも、雨は例年に反して何日も続きます…。
ある日、サンドは子供たちを連れて
買い出しに出かけます。
途中で、雨はどんどん酷くなり、
馬車は動かなくなり
足止めを食わされました。
一人…、家に残って気を揉むショパン…。
病の苦しさも相俟って、
次第に鬱状態のようになり
妄想に捕らわれ、狂乱します…。
執拗な雨の音…、
暗く不安な誰もいない部屋…、
そこでショパンはピアノを弾き、
その時、生まれた曲が
『雨だれの曲』と呼ばれている曲だと
いいます。
**********
そんなふうにして、
ショパンを元気づけ、
ショパンの心の叫びを音楽として生み出し、
ショパンと共に居たプレイエルピアノのある
マジョルカ島の絵ハガキ…。
そのお弟子さんは、この絵ハガキを、
船に乗ってマジョルカ島に実際に行かれて、
そして、是非私に…と買ってきて下さった…。
こんなに嬉しいおみやげはありません!
私のお弟子さんでもないのに、
有り難いことです!
私もチャンスがあったら、
是非、マジョルカ島に行ってみたいです…!
因みに、
あと…、パリにある
ショパンのお墓にも是非行きたいです。
あ、それから、
パリの、ショパンが暮らした家にも
行ってみたい…。
それと…、
ポーランドのジェラゾヴァヴォラ村の
ショパンの生まれた家と…。
あ、あと…、
ポーランドの、ショパンの心臓が
安置されている
聖十字架教会と………
ああん、
キリがない!!
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